大学時代

今年、ついに学生時代からの友人から付き合いのある、唯一の人間からの年賀ハガキが来なくなった。
多くの人間と縁が切れていくなかで、ただ一人、最後まで 人間関係が続いていた人間だったのであるが、ついに関係が途絶えたらしい。十年ほど前には彼の結婚式にも出席させてもらった。新郎新婦の幸せそうな姿を見 て少し驚いたものであった。

ちなみに結婚式で、この友人に会ったのは九年ぶりの再会である。それ以来、十年ほど会ってないのだから、縁が切れても当然とい えばそうかもしれない。逆を言うと十年も会っていなかったにも関わらず、縁が続いていたことのほうが凄いのかもしれない。彼との出会いに感謝している。事 故にあい身体の一部が欠損して、どん底から這い上がり、幸せを掴んだ彼の生きざまから学ぶことは多い。彼と彼の家族に幸あれ。

果たして何が正解なのであろうか

問題の定義をすることが出来ないまま、解答を探し求めて早20年が経つ。もしかして、このまま一生を終えて行くのであろうか。結局、人はいつか死ぬのだから、それでも良いのかもしれないが。しかし、代わり映えしない渇いた生活を送っている。

そもそも、何処で人生の階段を踏み外したのかを考えてみると大学受験にあったような気がする。

願わくば、大学受験から、もう一度、人生をやり直したいような気もするが、不可能なことは言うまでもない。

私は、あの大学を最終学歴にもつ人間として、これからも生きていくのである。

朝日大学 受験願書

この学校を受験、入学、卒業したことは忌まわしき思いでなのか?

ところで、もうすぐ卒業式の季節である。桜の花が咲く、このシーズンになると今でも思い出す。私の人生で最後の卒業式である。大学の卒業式である。

正直な話、あの当時の私はボロボロだった。偉大なる空回りの時期だった。私自身には何の問題もないにも関わらず、私の周囲の状況により全く手も足も出なかっ た。自分が本当にやりたいと思ったことに挑戦することすら出来なかった。失意のどん底だった。不適切な異性関係もあった。変なものを信じたりもした。一番 信頼していた後輩の裏切りに気付いたのも、この時期だった。

そんな中に唯一救われたのが卒業式の、あの日塚田と、その仲間が私のことを胴上げしてくれたのだ。ああいう状況の時であったから、私は仲間内の最後の集まりには行かないつもりであった。

そこへ後輩の女の子数人が私のことを呼びにきた。本当は行きたくなかったのであるが、仕方なしに行くことにして101教室に向かって走っている時だ。塚田が私の名前を呼び皆で胴上げしてくれた。そのまま池に突き落とされそうになった。

もちろん本当には突き落とされてはいない。

彼らには最初から、そんなつもりはない。

彼らの愛情表現の一環であることは、こちらも理解している。

あの時私は涙が出るほど嬉しかった。自分の生きざまが、間違ってはいなかったことを彼らが証明してくれたのだ。その後101教室に入った後、私を待ち受けて いたのはブチの嘲笑だった。裏切り者は、どこまでも裏切り者である。下衆なやつは、どこまでもゲスなのである。それまで、そのことに気付かなかった自分が 間抜けである。
兆候はいくつかあったのでるから。

あの当時のことを引きずって現在にいたる。私は塚田がいなかったら自殺して死ん でいたかもしれない。彼の存在のおかげで死なずに済んだ。救われた 。
彼にはいくら感謝してもしたりない。塚田元気か。ありがとうよ。私は、今でもあなたのことを忘れてはいません。また、いつかお会いしたいものです。

2013-03-12

参拝

正月というと多くの人は初詣に行くのであろうが、私は行かない。神は自分の心の中にあると考えているからだ。
しかしながら家族の手前、神社に参拝に行く振りだけはした。初詣に行かないと正月のおせち料理を食べさせてもらえないのである。
神社に行くふりをしてコンビニエンスストアでチョコレートやクレープなどのお菓子を買ってきて食べた。

 

それでお菓子を食べながら考えた。